ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

山田の田の神/鹿児島県日置市日吉町山田

日置の山田で、古そうなタノカンサァ(田の神)を見つけた。水神の石祠と並んで置かれている。周囲の田んぼ見守っているような感じだ。「山田の田の神」と呼ばれている。 道路脇に タノカンサァ(田の神)は五穀豊穣と子孫繁栄の守り神だ。18世紀頃から島津…

薩摩市来の鶴ヶ岡八幡神社、丹後局が鎌倉から勧請したと伝わる

鹿児島県いちき串木野市大里に鶴ヶ岡八幡神社(つるがおかはちまんじんじゃ)が鎮座する。この地はかつての薩摩国市来院(いちきいん)のうち。旧称は鶴岡八幡宮。 建仁3年(1203年)に丹後局(たんごつぼね)が相模国鎌倉(神奈川県鎌倉市)の鶴岡八幡宮よ…

島津家久の上京日記【12】 明智光秀と会う/天正3年5月14日~5月16日

天正3年(1575年)5月14日に島津家久(しまづいえひさ)は明智光秀と会う。翌日には居城にも招かれた。連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)は明智光秀と親交があり、二人を引き合わせた。 この二日間については、『中務大輔家久公御上京日記』でも詳しく記…

島津家久の上京日記【11】 連歌興行と酒と/天正3年5月6日~5月13日

天正3年(1575年)5月の島津家久(しまづいえひさ)の日記から。連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)の世話を受けて、京の滞在を続けている。 ちなみに、里村紹巴は地方の戦国大名とも親交がある。島津氏もその一つだった。島津家久の正室は樺山善久(かば…

島津義弘の娘たち/御屋地と御下 戦国の世に振り回される

島津義弘(しまづよしひろ)の子は五男二女あり。二人の娘については「御屋地(おやぢ)」「御下(おした)」という名が伝わっている。ともに通称で本名は伝わっていない。この姉妹は戦乱のややこしい事情に巻き込まれ、家の事情に振り回された生涯だった。 …

島津家久の上京日記【10】 賀茂の祭りとか、祇園あたりの見物とか/天正3年5月1日~5月5日

天正3年(1575年)5月、島津家久(しまづいえひさ)は上京中である。都はさすがに見どころが多く、名所まわりが続く。京滞在中は連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)の世話になっている。超一流の文化人である。そんな人物の案内で見物に出かけたりもして…

取違(とりちがい)、薩摩知覧の豊玉姫と玉依姫の伝説

鹿児島県南九州市の知覧(ちらん)に「取違(とりちがい)」というところがある。地名の由来は豊玉姫(トヨタマヒメ)と玉依姫(タマヨリヒメ)の伝説によるものだ。この地へ行ってみた。 「取違由来記」碑 中宮三所大明神社(豊玉姫神社) 飯倉新宮三所大明…

宮崎の田の神/鹿児島県南さつま市金峰町宮崎

鹿児島県内には田の神像があちこちにある。「タノカンサァ」と呼ばれて、地域の守り神として親しまれている。鹿児島県南さつま市金峰町宮崎の道端でタノカンサァを見つけた。ちょっと寄ってみる。 タノカンサァ(田の神)の詳細は、こちらの記事にて。 rekis…

船間島古墳、川内川河口にヤマトの影響が見える?

船間島古墳(ふなまじまこふん)は鹿児島県薩摩川内市港町にあり。川内川の河口に船間島は位置する。もともとは島だったが、埋立工事により現在は陸続きに。島には高さ26mほどの小丘があり、その山頂に古墳がある。 古墳へ 臨江寺跡石塔 船間島神社 旧日本海…

祁答院の時吉城跡、大前氏の拠点の一つ

時吉城(ときよしじょう)は薩摩国祁答院(けどういん)の時吉(鹿児島県薩摩郡さつま町時吉)にあり。川内川沿いに丘陵があり、そこが城跡だという。一帯は畑地や住宅地として開発されているが、地形はよく残っているようだ。そして、曲輪の一つの「中ノ城…

加世田の竹屋神社(鷹屋大明神社)、境内は後笠狭宮の跡地と伝わる

竹屋神社(たかやじんじゃ)は鹿児島県南さつま市加世田宮原に鎮座する。旧称は鷹屋大明神社。 「加世田(かせだ)」という地名は、「笠狭田(かささだ)」に由来すると伝わる。そして、竹屋神社(鷹屋大明神社)は「笠狭宮(かささのみや)」の跡地とも。鎮…

伊作の妙見神社、巨石群に伊作氏の軍神がまします

鹿児島県日置市吹上町中之里に妙見神社(みょうけんじんじゃ)が鎮座する。ここには巨石群があり、「落ちそうで落ちない岩」も人気だ。この地はかつての薩摩国伊作(いざく)の内で、島津一族の伊作氏が崇敬した神様でもある。 由緒 巨石群のある境内 伊作氏…

帖地の山の神と、田の神と

鹿児島市喜入生見町に帖地(ちょうち)というところがある。ここにふらりと立ち寄る。帖地は隠れ里のような雰囲気の場所だった。ちなみに平家の落人が隠れ住んだという言い伝えもあるとか。 山のほうに目をやると鳥居が見えた。山の神であるという。なんだか…

市来養母の太秦神社、薩摩で秦の始皇帝を祀る

鹿児島県日置市東市来町養母に太秦神社(うずまさじんじゃ)がある。御祭神は秦の始皇帝。この地はかつての薩摩国市来院(いちきいん)のうち。古くから市来院を領した市来氏の氏神であったという。 静かな山里に 太秦から勧請 薩摩大隅の大蔵氏は東漢氏系と…

市来皆田の大庭神社、梅北一揆の田尻荒兵衛(田尻但馬守)を祀る

鹿児島県日置市東市来町湯田に皆田(かいだ)というところがある。かつのての薩摩国市来のうち。この皆田の大庭(おおにわ)に神社がある。大庭神社という。旧称は田尻神社(たじりじんじゃ)と称し、大正の初め頃まではそう呼ばれていたという。 御祭神は田…

帖佐豊留の早馬神社、イチョウの木の下にはタノカンサァ(田の神)

鹿児島県姶良市豊留に早馬神社(はやまじんじゃ)が鎮座する。創建年代は不明。御祭神は保食神(ウケモチノカミ)とされる。豊穣の神だ。 神社のある帖佐豊留(ちょうさとよどめ)は別府川と山田川が合流するところ。このあたりには水田が広がる。視界が広い…

元養母の田の神/鹿児島県日置市東市来町養母

元養母(もとやぼ)というところでタノカンサァ(田の神像)を見つけた。ちょっと祭壇風のものが設けられて、その上に立つ。田園風景を見守っている。ここは薩摩半島中部の山間にあり、隠れ里のようなところだ。 細い農道の途中に タノカンサァは江戸時代の…

戦国時代の新納一族、たくさんいるぞ!

戦国時代の薩摩国と大隅国と日向国は、島津貴久・島津義久が制圧する。島津氏の配下には新納(にいろ)氏の名前が見える。すごくたくさん出てくる。戦国時代に活躍した新納一族の人物のうち、一部を紹介する。 新納氏とは 新納氏嫡流 新納忠続/にいろただつ…

加治木の春日神社、加治木氏が創建し、島津氏が再興する

鹿児島県姶良市加治木町木田に春日神社(かすがじんじゃ)が鎮座する。旧称は春日大明神社。加治木(かじき)を領した加治木氏と関わりの深い神社だ。近世には島津(しまづ)氏が加治木を領し、春日大明神社は島津氏からも大事にされた。 加治木氏が藤原姓を…

国分の祓戸神社(守公神社)、大隅国衙のあったところか?

祓戸神社(はらえどじんじゃ)は、鹿児島県霧島市国分府中に鎮座する。古くは「守公神社(しゅこうじんじゃ)」「守君神社(しゅくんじんじゃ)」と称した。 「国分」という地名は「国府」に由来する。そして「府中」の地名は、国衙があったことを想像させる…

待世神社跡、霧島神宮(西御在所霧島権現社)の仮宮があったところ

霧島神宮(きりしまじんぐう)は鹿児島県霧島市霧島田口に鎮座する。かつては西御在所霧島権現社(にしございしょきりしまごんげんしゃ)と称した。高千穂峰の麓にあり、主祭神は天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(アメニギシクニニギシアマツヒタカホコホ…

『妙円寺詣りの歌』の歌詞について、関ヶ原での島津義弘の奮闘を物語る

「妙円寺詣り(みょうえんじまいり)」は鹿児島県の三大行事の一つ。毎年10月に島津義弘の武威を偲んで行われる。 『妙円寺詣りの歌』というのもあり、歌詞は二十二番まである。その歌詞をあらためて見てみると、すごくよくできている。ちょっと解説を交えつ…

鹿児島の荒田八幡宮、大隅正八幡宮領荒田荘の鎮守

荒田八幡宮(あらたはちまんぐう)は鹿児島市下荒田に鎮座する。このあたりはかつての薩摩国鹿児島郡荒田村のうち。この荒田村には「荒田荘」という荘園があった。 建久8年(1197年)の『薩摩国図田帳』には「大隅正八幡宮御領二百二十五町内」の「一円御領…

曽木の荒瀬神社(悪瀬大明神社)、むかしむかし川内川を流れてきた

国道267号沿い川内川のやや南のあたりに鳥居が見えた。そこは荒瀬神社(あらせじんじゃ)という。鎮座地は鹿児島県伊佐市大口曽木。御祭神は豊玉比賣命(トヨタマヒメノミコト)・豊玉比古命(トヨタマヒコノミコト)。 静かな森の中に 川内川を流れてきて …

川合陵神社、アメノホアカリノミコト(天火明命)の御陵と伝わる

川合陵神社(かわあいのみささぎじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市五代町に鎮座する。御陵殿(みささぎどん)とも呼ばれる。創建年代は不明。御祭神は天火明命(アメノホアカリノミコト)。そして、その御陵とされる川合陵(かわあいのみささぎ)があるとも。 …

端陵は亀の頭に、中陵は亀の首に、新田神社(可愛山陵)のある神亀山に

端陵(はしのみささぎ)と中陵(なかのみささぎ)は、鹿児島県薩摩川内市宮内町の神亀山にある。すごく気になる存在である。 神亀山の山頂は、可愛山陵(えのみささぎ)に治定されている。可愛山陵はニニギノミコト(瓊瓊杵尊/邇邇芸尊)の御陵とされ、神亀…

可愛山陵は神亀山に、ニニギノミコトが眠るという

可愛山陵(えのみささぎ)は鹿児島県薩摩川内市宮内町にある。ニニギノミコトの陵墓とされ、川内川沿いの神亀山が治定地となっている。神亀山には新田神社が鎮座する。山頂に社殿があり、本殿の裏手に可愛山陵は位置している。 神亀山 新田神社の本殿の背後…

薩摩の新田神社、ニニギノミコトの伝説の地

新田神社(にったじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市宮内町に鎮座する。 御祭神は本祀に天津日高彦火瓊瓊杵尊(アマツヒダカヒコホノニニギノミコト)、配祀に天照皇大御神(アマテラススメオオミカミ)と正哉吾勝々速日天忍穂耳尊(マサカアカツカチハヤヒノア…

敷根の剱神社、もとは宇豆峯の剱巌を祀る、熊襲征伐の伝説も

剱神社(つるぎじんじゃ)は、鹿児島県霧島市国分敷根に鎮座する。熊襲征伐の伝承もあったりして、なんとなく気になる場所である。 剱神社 剱神社の御由緒 島津義久が再興 松が茂る境内 剱神社の御由緒 御祭神は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と 天児屋根…

樋脇の玉淵寺跡・長谷神社跡、島津家久(島津忠恒)を祀る

長谷神社(はせじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市樋脇町塔之原に鎮座。薩摩藩初代藩主の島津家久(いえひさ、島津忠恒、ただつね)を祀る。もともとは玉淵寺(ぎょくえんじ)という寺院があり、その跡地に神社が創建された。 なお、長谷神社は2022年に近くの一…