ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

『三国名勝図会』

川内の泰平寺、豊臣秀吉と島津義久が顔をあわせたところ

医王山正智院泰平寺(たいへいじ)は鹿児島県薩摩川内市大小路町にある。かつての薩摩国の高城郡(たきのこおり)の水引郷(みずひきごう)のうち。 天正15年(1587年)、豊臣秀吉は島津氏を攻める。大軍勢を率いて薩摩国に入り、陣を置いた場所は泰平寺であ…

牧園町中津川の伊邪那岐神社、もともとは妙見神社だった

霧島連山の南麓に中津川(なかつがわ)というところがある。ここを車で通った際に神社を見つけた。なんとなく気になる存在だな……と寄ってみることにした。 伊邪那岐神社(いざなぎじんじゃ)という。鎮座地は鹿児島県霧島市牧園町下中津川。かつての大隅国の…

薩摩国分寺跡、薩摩の国府は川内にあった、「万葉の散歩道」には大伴家持も

薩摩国の設置は、『続日本紀』によると大宝2年(702年)のこととされる。国府が置かれたの薩摩半島西部の川内(せんだい)であった。川内には薩摩国分寺跡がある。国の史跡にも指定。「薩摩国分寺跡史跡公園」として整備されている。場所は鹿児島県薩摩川内…

霧島岑神社と夷守神社、霧島六社権現のうち二社が夷守岳の麓に合祀

霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ)は宮崎県小林市細野に鎮座する。ここは夷守神社(ひなもりじんじゃ)でもある。両社は合祀され、夷守神社の旧社地を鎮座地としている。 御祭神は瓊瓊杵命(ニニギノミコト)・木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)…

谷山の補陀山慈眼寺跡(慈眼寺公園)、島津忠恒のお気に入りの場所

補陀山慈眼寺(ほださんじげんじ)は薩摩国谿山郡谷山郷下福元村(鹿児島市下福元町)にあった。その跡地は慈眼寺公園として整備されている。 慈眼寺跡の紅葉 鹿児島藩(薩摩藩)の初代藩主の島津家久(しまづいえひさ、島津忠恒、ただつね)は法号を「慈眼…

安良姫の伝説を知っていますか? 大隅横川の安良神社

安良神社(やすらじんじゃ)は鹿児島県霧島市横川町上ノに鎮座する。創建は和銅元年(708年)と伝えられている。なかなかに古い神社だ。御祭神は安良姫命(ヤスラヒメノミコト)。 安良姫の伝説 安良岳の麓に 安良神社の歴史 もう一つのヤスラ神社 「和銅」…

狭野神社は杉林の参道の奥に、狭野尊(神武天皇)の伝説の地

高原(たかはる)の狭野神社(さのじんじゃ)を参詣した。鎮座地は宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田。小字は「狭野(さの)」という。 鎮座地は高千穂峰(たかちほのみね)の東麓。山頂から5㎞ほど東に位置する。そして、狭野の地には神武天皇の伝説が残っていて…

霧島東神社【後編】、天之逆鉾/錫杖院跡/神竜泉/天狗堂/祓所/旧参道口

霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)は宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田に鎮座する。高千穂峰(たかちほのみね)の山頂に近く、古代の山岳信仰の雰囲気が感じられる。また、山岳仏教の霊場としても大事にされてきた場所である。 すてきな神社である。【前編】記…

霧島東神社【前編】、山をすぐ近くに感じられる! 高千穂峰の東の霊場

高千穂峰(たかちほのみね)は存在感がある。山容もさることながら、大きな噴火もしばしば。古代から人々が崇める山であり、恐れる山でもある。その東麓に御池(みいけ)という火口湖がある。 御池と高千穂峰 この池の東側に、霧島東神社(きりしまひがしじ…

台明寺跡と日枝神社(日吉山王社)、「比企の変」の直後に島津忠久が無事を祈願

鹿児島県霧島市国分に「台明寺(だいみょうじ)」という場所がある。その地名は、かつてあった「竹林山衆集院台明寺」という寺院に由来する。古刹である。 この地はかつての大隅国囎唹郡(そおのこおり)の清水(きよみず)のうち。台明寺については古い記録…

加治木の長年寺跡、山号の「松齢山」は島津義弘の法名から

大隅国加治木(かじき)に松齢山長年寺(しょうれいざんちょうねんじ)という寺院があった。現在の鹿児島県姶良市加治木町木田のあたりだ。ここは加治木島津家の菩提寺。寺院跡には墓所が残っている。国史跡にも指定されている。 ちなみに山号の「松齢山」は…

郡山東俣の一之宮神社、森の中に島津忠久・丹後局・惟宗広言を祀る

島津忠久(しまづただひさ)は島津氏の初代である。この人物を祀る神社が鹿児島市郡山町東俣に鎮座する。一之宮神社(いちのみやじんじゃ)がそれだ。大きな古木が立ち並ぶ森の中へと参道が伸びる。奥には立派な社殿があった。 島津氏の祖 森の中へ 18世紀に…

鹿児島の浄光明寺跡(南洲墓地)、イギリス艦隊の標的となった大寺院

鹿児島の浄光明寺(じょうこうみょうじ)は大きな寺院だった。山号は「松峰山」。現在の鹿児島市上竜尾町にあった。 その跡地は南洲公園として整備。浄光明寺跡というよりは、「南洲墓地(なんしゅうぼち)」として認識している人が多いかも。ちなみに「南洲…

蒲生八幡神社は創建から900年、島津義弘も崇敬した大隅国の武神

鹿児島県姶良市に蒲生(かもう)というところがある。この地に鎮座する蒲生八幡神社(かもうはちまんじんじゃ)は素敵な場所だ。 主祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后。ほかに摂社・末社も境内には祀られている。 そして、境内には「蒲生の大楠」と呼ばれ…

鹿児島五社、島津家の拠点を守護する神々

薩摩国鹿児島の清水城(しみずじょう、鹿児島市稲荷町)は、中世に島津氏が拠点とした。その城下に島津氏が篤く崇敬した5つの神社がある。これらはまとめて「鹿児島五社」と呼ばれている。清水城下のあたりは「上町(かんまち)」ともいい、「上町五社」と呼…

蛭兒神社(蛭児神社)と「なげきのもり」、ヒルコノミコト漂着の伝説が残る

境内は森の中。クスノキの巨木があり、枝葉が空を覆う。蛭兒神社(ひるこじんじゃ、蛭児神社)は鹿児島県霧島市隼人町内に鎮座する。御祭神は蛭児尊(ヒルコノミコト)。創建時期は不明。神代の頃とも伝わる。 また、このあたりの森は「なげきのもり」と呼ば…

米山薬師と総禅寺跡、岩丘の聖地と島津氏豊州家の菩提寺と

鹿児島県姶良市鍋倉のあたりは「米山(よねやま)」とも呼ばれている。この地名は「米山薬師(よねやまやくし)」に由来する。 『三国名勝図会』(19世紀に薩摩藩が編纂した地誌)にイイ感じの絵図もある。 『三国名勝図会』巻之三十八より(国立国会図書館…

山神社と旧参道へ、霧島神宮の本殿脇から山に入っていくと

霧島神宮は鹿児島県霧島市霧島田口に鎮座する。天孫降臨の神話が息づく、格式の高い神社である。島津(しまづ)氏の崇敬も篤く、境内は壮麗な雰囲気なのだ。 勅使殿の向かって左から山のほうへ入れるようになっている。こちらへも行くべし! 霧島神宮の見ど…

霧島神宮へお詣りに、見上げる霊峰は天孫降臨の伝承地

ニニギノミコトが天降ったことから日向三代(ひむかさんだい)の物語が始まる。「天孫降臨」である。そして、建国へとつながっていく。『古事記』や『日本書紀』にはそう記されている。 高千穂峰(たかちほのみね)は天孫降臨の伝承地とされる。そのふもとに…

イザナギノミコトが禊祓いをした阿波岐原(檍原)、曽於南之郷の伝承地をめぐる

イザナギノミコトは黄泉国(よもつくに)を脱して、『古事記』によると「竺紫日向之橘小門之阿波岐原(つくしのひむかのたちばなのおどのあはきがはら)」へといたる。『日本書紀』では「筑紫日向小戸橘之檍原」と記される。そして、身をすすぎ清め、その際…

曽於末吉の佐久良谷、セオリツヒメの住まうという聖域

「佐久良谷(さくらだに)」は鹿児島県曽於市南之郷の山奥にある。「桜谷」とも書く。こちらを訪問した。 この地は『三国名勝図会』で知った。絵図がやたらと目をひく。なんだか強烈な印象を受けるのだ。同書の解説によると「神代の舊跡」だという。 『三国…

市来湯田の稲荷神社をお詣りした、創建したのは島津忠久の母!?

稲荷神社は島津氏の氏神である。そのひとつが市来湯田(いちきゆだ、鹿児島県日置市東市来町湯田)に鎮座する。境内は重厚な雰囲気である。かなりしっかりとした造りで、大事にされてきたことがうかがえる。 承久3年(1221年)に丹後局(たんごのつぼね)が…

祇園之洲砲台跡、大英帝国の艦隊と激しく撃ち合った!

文久3年(1863年)、薩摩藩(鹿児島藩)はイギリス艦隊と戦った。薩英戦争である。薩摩藩は領内に砲台場を整備していた。そのひとつが祇園之洲(ぎおんのす)の砲台場である。鹿児島市清水町にある。ここは激戦地となった。 現在、祇園之洲砲台跡は祇園之洲…

鹿児島神社(宇治瀬大明神)をお詣り、桜島と深く関わる鹿児島の地主神

鹿児島神社(かごしまじんじゃ)は鹿児島市草牟田に鎮座する。御神号は宇治瀬大明神(うじせだいみょうじん)。「宇治瀬様(うってさぁ)」とも呼ばれている。 由緒をたどると、かなり古い神社のようだ。ここは南九州の古代の信仰もちょっと感じられる。「鹿…

石體神社は高千穂宮の跡地? 鹿児島神宮がもともと鎮座していたところ

石體神社(しゃくたいじんじゃ)は鹿児島県霧島市隼人町内に鎮座する。鹿児島神宮(かごしまじんぐう)から水路沿いを北西方向にちょっと行ったところに位置し、その摂社でもある。こちらもまた、なかなか雰囲気のある神社である。 ヒコホホデミノミコトが住…

鹿児島神宮へお詣りに、ヒコホホデミノミコトと八幡様が南九州を鎮護する

鹿児島神宮(かごしまじんぐう)は大隅国一之宮である。鹿児島県霧島市隼人町内に鎮座する。 ここは「神話が息づく」という言葉がぴったりの雰囲気だ。そして、南九州でもっとも大きな力を持っていたと考えられる神社で、歴史にも大きく絡んできたのである。…

黒島神社を『三国名勝図会』より、石橋の向こう側は女人禁制だった

田園風景の中に鳥居が見つかる。山の麓に黒島神社(くろしまじんじゃ)は鎮座。なんとも独特な雰囲気の神社である。場所は鹿児島県姶良市の山田地区(姶良市上名)。県道40号沿いに小さな案内看板があり、そこから小道に入って北上すると着く。 山の麓に鳥居…

桜島の噴火史をまとめてみた、大噴火には前兆もいろいろあるみたい

桜島は火山である。日常的に噴火している。音と空振で噴火に気づいたり、「灰はどっちに降るのかな?」と風向きを気にしたり、「車を洗ったばかりなのに」と残念がったり……というのは鹿児島に住む者にとってはよくあることだ。噴火には慣れている。恐れはあ…

藺牟田池と竜石と環状列石と、山の上の湖畔には謎がいっぱい

藺牟田池(いむたいけ)は鹿児島県薩摩川内市祁答院町藺牟田にある。直径約1㎞、周囲約4km、面積は約60ha。山上の窪地に水がたまっていて、湖水面の標高は295m。これを標高450m~500mほどの外輪山が囲む。火山活動でできた地形である。 右奥に見えるのは飯盛…

岩窟の御陵に眠るのは神武天皇の父と母とされる、吾平山上陵を『三国名勝図会』より

吾平山上陵(あいらやまのえのみささぎ、あいらさんじょうりょう、あいらさんりょう)は鹿児島県鹿屋市吾平町にある。神代三陵(じんだいさんりょう、かみよさんりょう、神代三山陵)のひとつに数えられ、ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト(彦波瀲武…