ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

島津家久の上京日記【14】 里村紹巴は激怒した/天正3年5月24日~5月26日

天正3年(1575年)の4月から5月にかけて、島津家久(しまづいえひさ)は京に滞在した。連歌師の里村紹巴(さとむらじょうは)の世話になりつつ、京のあちこちを見てまわる。また、連歌会に参加したり、一流役者による能や謡に触れたり。 島津家久は5月27日に…

塚脇の宮毘神社(竪山大明神社)、境内にはカヤの巨木も

「塚脇(つかわき)」というところが、鹿児島県霧島市国分上之段にある。国分の市街地からずっと東のほうの台地の上に位置する山里だ。ここに宮毘神社(みやびじんじゃ)が鎮座する。大きなカヤの御神木も存在感あり。 お詣りする 鹿児島県道478号(比曽木野…

南九州の鎌田氏、中世から島津家を支える

薩摩国・大隅国の鎌田(かまだ)一族についてちょっとまとめてみた。鎌田氏は島津氏に仕え、鎌田政近や鎌田政年など戦国期に活躍した者も多い。通字は鎌田氏は「政」と「清」。 情報元はおもに、鹿児島県史料『鎌田正純日記一』に収録された鎌田氏系図、『本…

島津家久の上京日記【13】 近衛前久の使いあり/天正3年5月17日~5月23日

天正3年(1575年)5月、島津家久(しまづいえひさ)は里村紹巴(さとむらじょうは)とともに近江国を訪れる。坂本城(滋賀県大津市坂本)で明智光秀の歓待を受けたあと、名所見物をしながら京へ戻っていく。 帰京後は連歌興行あり。前関白の近衛前久(このえ…

薩摩伊作の海蔵院跡と南方神社、島津忠良の学び舎

鹿児島県日置市吹上町中原・湯之浦のあたりは、かつての薩摩国伊作(いざく)のうち。この地は島津一族の伊作氏が領していた。そして、戦国島津氏の源流は伊作氏にあったりもする。 伊作城の麓の湯之浦には、如意山願成就寺海蔵院(にょいざんがんじょうじゅ…

『現代語訳 上井覚兼日記』(著/新名一仁)、島津家の動きとか戦国武将の日常が見える

上井覚兼(うわいかくけん)は、島津義久(しまづよしひさ)の老中を務めた。この人物の日記が残っている。『上井覚兼日記』という。 『上井覚兼日帳』『上井伊勢守日帳』『伊勢守日記』とも呼ばれる。 自筆本と思われるものが現存していて、東京大学史料編…

薩摩市来の御霊神社、祀るのは八大怨霊、あるいは鎌倉景正か

御霊神社(ごりょうじんじゃ)が鹿児島県いちき串木野市大里に鎮座する。かつての薩摩国日置郡の市来院大里(いちきいんおおさと)のうち。 丹後局(たんごのつぼね)がこの地に移り住んだという伝説がある。丹後局は島津氏初代の島津忠久(しまづただひさ)…

『愛犬の日本史』(桐野作人・吉門裕)、歴史の中の犬と愛犬家と

街に出ると、いろいろ犬種をみかける。柴犬のような日本の犬もよく見るし、外国にルーツのある犬種もすごく多い。犬好きがたくさんいること。それは今も昔も変わらないようだ。歴史の中で犬にまつわる話は多い。「唐犬」や「南蛮犬」も珍しがられて、人気が…

『増補改訂 猫の日本史』(著/桐野作人・吉門裕)、猫が歴史の中にひょっこりと

猫は身近な存在だ。ふだんの暮らしの中でよく見かける。もちろん、飼っている人も多い。猫と人は絶妙な距離感で接している。それは、たぶん昔からあんまり変わっていないんじゃないか、という気もする。 猫は歴史の中にひょっこりと出てくる。逸話が伝わって…

祁答院大村の田の神、八幡神社と南方神社にて/鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手

タノカンサァ(田の神像)にやたらと出くわす、鹿児島県内あちこちで。よく遭遇する場所の一つが神社だ。初めから神社に奉納されたものなのかもしれないし、何かしらの訳あって神社に移されたものなのかもしれない。 鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手の大村の…