鹿児島市の武(たけ)にタノカンサァ(田の神像)がいる。ここはJR鹿児島中央駅のすぐ近く。市街地のど真ん中だ。
「武の田の神」と呼ばれ、鹿児島市の有形民俗文化財にも指定されている。タノカンサァ(田の神像)は鹿児島県や宮崎県にたくさんある。18世紀頃から島津氏の領内で盛んに造られるようになった。文字通り田の守り神で、豊穣と子孫繁栄をもたらしてくれる存在として大事にされてきた。
タノカンサァの詳細はこちらの記事にて。
武公民館・武幼稚園の玄関先にある。幼稚園に声をかけて見せてもらう。園長さんとも話が盛り上がる。

自然石に浮き彫りにされたもので、高さは107㎝。けっこう大きめだ。並んで置かれている石碑には「安永七歳奉庚申供養」の文字がある。像と石碑がセットであるのなら、安永7年(1778年)に庚申供養で造立されたものということになる。

姿はメシゲ(シャモジ)を持ち、頭にはシキ(米を蒸す道具)を被る。軽妙にステップを踏んでいるような足元も特徴的だ。いわゆる「田の神舞(たのかんめ)」の様子をかたどったものだ。


「武(たけ)」は古くは「田毛」とも書いた。田んぼの多いところだったことがうかがえる。近隣には「田上(たがみ)」「西田(にしだ)」といった地名もある。
かつては薩摩国鹿児島郡武村で、江戸時代は鹿児島城下近在の村の一つだった。明治22年(1889年)に西別府村・武村・田上村が合併して「西武田村」となる。その後、昭和9年(1934年)に西武田村は鹿児島市に編入されている。
余談だが国有鉄道の「武駅」が大正2年(1913年)に設置されている。この駅が昭和2年(1927年)に「西鹿児島駅」に改称。さらに平成16年(2004年)に「鹿児島中央駅」と改称して現在に至る。
さらに余談だが、「武(たけ)」は騎手の武豊さんの名字の由来の場所でもある。武氏は禰寝(ねじめ)氏の一族とされる。詳細はこちらの記事にて。
武村は政府を辞した西郷隆盛が住んだところでもある。
「武の田の神」はもともと田んぼの中にあったという。昭和29年(1954年)に幼稚園が開園したときにここへ移された。
タノカンサァが子供たちをやさしく見守っている。
