ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

2024-01-01から1ヶ月間の記事一覧

木ノ下の田の神/鹿児島市谷山中央

鹿児島市の南の方に「谷山(たにやま)」というところがある。JR谷山駅の周辺にはタノカンサァ(田の神)の石像が多く残っている。駅のそばには「永田川」というけっこう大きな川が流れている。現在は都市化が進んでいるが、かつては田んぼが広がっていたの…

【ゲーム】『国盗り頭脳バトル 信長の野望』、早けりゃ5分で決着がつく

「『信長の野望』でいちばん面白かったのは、どれ?」と聞かれたら、私はこれを挙げる。ニンテンドーDSでコーエー(現在はコーエーテクモゲームス)から発売された、ちょっと昔のゲームだ。 『国盗り頭脳バトル 信長の野望』ニンテンドーDS/コーエー/2008…

豊薩合戦、そして豊臣軍襲来/戦国時代の九州戦線、島津四兄弟の進撃(7)

島津義久(しまづよしひさ)・島津義弘(よしひろ)・島津歳久(としひさ)・島津家久(いえひさ)の四兄弟の進撃は、島津氏の最大版図を築く。九州の大部分を制圧しようとしていた。 そして天正14年(1586年)、島津と大友が全面抗争へ。島津氏は大友氏領内…

谷山の補陀山慈眼寺跡(慈眼寺公園)、島津忠恒のお気に入りの場所

補陀山慈眼寺(ほださんじげんじ)は薩摩国谿山郡谷山郷下福元村(鹿児島市下福元町)にあった。その跡地は慈眼寺公園として整備されている。 慈眼寺跡の紅葉 鹿児島藩(薩摩藩)の初代藩主の島津家久(しまづいえひさ、島津忠恒、ただつね)は法号を「慈眼…

島津の猛攻、大友の動揺、豊薩合戦をルイス・フロイス『日本史』より

天正14年(1586年)から翌年にかけて、九州の情勢は大きく動く。島津氏は大友氏領内へ侵攻。大友氏の本拠地である豊後国(現在の大分県)の制圧を目指した。この争いに豊臣秀吉が介入。大友氏の救援要請を受けて、大軍を九州に送り込んでくる。 この一連の攻…

安良姫の伝説を知っていますか? 大隅横川の安良神社

安良神社(やすらじんじゃ)は鹿児島県霧島市横川町上ノに鎮座する。創建は和銅元年(708年)と伝えられている。なかなかに古い神社だ。御祭神は安良姫命(ヤスラヒメノミコト)。 安良姫の伝説 安良岳の麓に 安良神社の歴史 もう一つのヤスラ神社 「和銅」…