ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

加治木の長年寺跡、山号の「松齢山」は島津義弘の法名から

大隅国加治木(かじき)に松齢山長年寺(しょうれいざんちょうねんじ)という寺院があった。現在の鹿児島県姶良市加治木町木田のあたりだ。ここは加治木島津家の菩提寺。寺院跡には墓所が残っている。国史跡にも指定されている。 ちなみに山号の「松齢山」は…

新開の田の神、青田が広がる風景の中に/鹿児島県姶良市加治木町小山田

タノカンサァ(田の神)は鹿児島県や宮崎県に多い。いろいろな場所で見かけるが、やはり田んぼのある風景の中がよく似合うのだ。そんなタノカンサァのひとつを、訪ねてみた。 場所は鹿児島県姶良市加治木町小山田の原田地区。ここは山と山の間に網掛川が流れ…

薩摩の伴姓橋口氏について、橋口兼弘が戦国時代に活躍、樺山資紀もこの一族から

16世紀の薩摩国に橋口兼弘という人物がいる。名前の読みは「はしぐちかねひろ」か。島津貴久(しまづたかひさ)の配下として活躍した。この人物が、なんとなく気になったのである。調べてみた。 この橋口氏は伴姓で、肝付氏の庶流とされる。名乗りは薩摩国伊…

鹿児島県内にある南朝忠臣顕彰碑/南九州の南北朝争乱【番外編】

14世紀の南北朝争乱期。南九州では激戦が繰り広げられていた。 鹿児島県内で城跡などをまわっていると、けっこう南朝忠臣の顕彰碑に出くわすのだ。そんな顕彰碑について、まとめてみた。 南九州の南北朝争乱 南朝忠臣の顕彰について 「征西将軍宮懐良親王御…

菊地田の田の神/鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手

田んぼが広がっている。ひと夏を越えて、稲が長く伸びている。そんな風景をタノカンサァ(田の神)が見守る。彩色されて、赤色がよく目立つ。 場所は鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手の菊地田(きくちだ)というところだ。 田園風景の中に タノカンサァ(田の…

「祁答院」って何だ?

「祁答院」という地名が鹿児島県にある。「けどういん」と読む。これについて、調べてみた。 祁答院の場所 「祁答院」の由来は? 南九州には「○○院」がたくさんあった 「院」とは何ぞや? 祁答院氏 祁答院郡司の大前氏 渋谷一族の祁答院氏 祁答院重武と祁答…