ムカシノコト、ホリコムヨ。

おもに鹿児島あたりの歴史を掘りこみます

鎌倉時代

南九州の南北朝争乱、『島津国史』より(1) 倒幕と建武政権崩壊

鎌倉幕府の滅亡から南北朝時代へと移り変わっていく14世紀。ふたつの朝廷の対立を軸に、状況は二転三転する。その大まかな流れについては「鎌倉幕府滅亡から南北朝争乱へ」という記事を見てほしい。 rekishikomugae.net rekishikomugae.net 戦乱は全国に広が…

鎌倉幕府滅亡から南北朝争乱へ

14世紀の日本は混乱の時代である。鎌倉幕府が滅び、天皇家は分裂し、足利(あしかが)家の中でも内部抗争が起こる。めまぐるしく状況が変わる中で、地方の有力者たちも振り回される。複雑な要素がからみあい、決着はなかなかつかず。ややこしくてグダグダな…

南九州に所領を得た鎌倉御家人たち ~鮫島氏・二階堂氏・渋谷氏・比志島氏・種子島氏 ほか~

薩摩国・大隅国・日向国にやってきた鎌倉武士は島津忠久(しまづただひさ)のほかにも、けっこういる。 鮫島(さめじま)氏 鮫島宗家(さめじまむねいえ)は薩摩国阿多郡(現在の鹿児島県南さつま市)の地頭に補任され、下向したとされる。建久8年(1197年)…

鎌倉から薩摩へ、島津氏が根付く

薩摩住まいは3代目から? 島津氏初代の忠久(ただひさ)、2代目の忠時(ただとき)は鎌倉にあり、領国経営は代官に任せていた。 薩摩に島津氏が本格的に入ってくるのは、3代目の久経(ひさつね)からだとされる(諸説あり)。きっかけは元寇であった。建治元…

『島津国史』に見る島津忠久の経歴

正史の島津忠久伝 鎌倉時代から近世まで薩摩国・大隅国・日向国(一部)を統治した島津家。その初代の島津忠久(しまづただひさ)の足跡を、『島津国史』に沿って見ていく。 『島津国史』は島津家の歴史をまとめたもので、19世紀初め頃に島津重豪(しまづし…

島津忠久って何者なの?

公式発表は「源頼朝の隠し子」 島津家初代とする惟宗忠久(これむねのただひさ、島津忠久)の出自については諸説ある。確かなことはよくわかっていない。 『島津国史』という島津家の歴史をまとめた書物がある。これは島津氏第25代当主(薩摩藩第8代藩主)の…