ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

『愛犬の日本史』(桐野作人・吉門裕)、歴史の中の犬と愛犬家と

街に出ると、いろいろ犬種をみかける。柴犬のような日本の犬もよく見るし、外国にルーツのある犬種もすごく多い。犬好きがたくさんいること。それは今も昔も変わらないようだ。歴史の中で犬にまつわる話は多い。「唐犬」や「南蛮犬」も珍しがられて、人気があったようだ。

 

日本の歴史の中の「犬」ネタを集めた本が出ている。

 

愛犬の日本史 柴犬はいつ狆と呼ばれなくなったか
著/桐野作人・吉門裕 発行/平凡社 2020年
※画像はamazonの販売ページへリンク

愛犬の日本史 (平凡社新書0950)

 

桐野作人(きりのさくじん)氏・吉門裕(よしかどゆたか)氏による共著である。このコンビの著作には『猫の日本史』もある。こちらの猫の本が面白くて、犬の本のほうに手を出した。というのが個人的な事情でもある。

桐野作人氏は鹿児島県出身の歴史作家。戦国時代や幕末・明治維新に関する著書が多い。『愛犬の歴史』でも薩摩藩や島津家に関する犬ネタを扱っている。吉門裕氏は歴史ライターで、歴史の中での人と生き物とのかかわりに詳しい人物だ。


『猫の日本史』についてはこちらの記事にて。

rekishikomugae.net

 

こんな内容だ

各章のタイトルは次のとおり。なんかワクワクするでしょ。

第一章 戦国・南蛮犬合戦
第二章 誰もが欲しがる武将の南蛮犬
第三章 江戸の世に犬栄え
第四章 あれも狆これも狆たぶん狆きっと狆
第五章 生類憐みの令とは何だったのか?
第六章 薩州犬屋敷 島津家の犬外交
第七章 幕末・犬絵巻
第八章 ツンだけではない、西郷隆盛の愛した犬たち
第九章 国交われば犬がくる 明治の愛犬家
第十章 華麗なる愛犬界 大正の犬事情
第十一章 戦争を駆けた犬たち
第十二章 ドッグ・トゥ・ザ・フューチャー 戦後から現代へ

 

次のような犬ネタがあり。個人的に気になったものをちょっと抜き出してみる。

 

◆天文10年(1547年)に薩摩国で島津氏薩州家と東郷氏の戦があった。そのきっかけとなったが「秘蔵の飼犬」の盗難だった。

 

◆太田三楽斎(おおたさんらくさい、太田資正、おおたすけまさ)の伝令犬。

 

◆天正11年(1583年)に有馬鎮貴(ありましげたか、有馬晴信、はるのぶ)から島津家へ南蛮犬が贈られる。島津家重臣の上井覚兼(うわいかくけん)がこれを預かる。「珍しい犬だ」と見にくるものも。島津義虎(しまづよしとら)・島津忠長(ただたけ)が見にきて、夜更けまで犬を見ながら酒を飲んだ、という。

 

◆上井覚兼が預かった南蛮犬は、島津義久に献上された。島津義久(しまづよしひさ)も喜んで飼う気まんだったようだが、占いで「宜しからず」と出てしまう。島津義久は飼うことを断念。結局、南蛮犬は上井覚兼が飼うことになった。

 

◆天正15年(1587年)に島津家は豊臣家との戦いに敗れて降る。そのあと、豊臣秀長から「犬をください、その白い唐犬を」と書状あり。白い唐犬とは、前述の上井覚兼が飼っている南蛮犬と同一か。この犬がその後どうなったのかは、記録がなく不明。

 

◆文禄3年(1594年)、関白の豊臣秀次が「犬をください」と島津義弘(よしひろ)の留守衆に命じる。島津義弘の家中では「鹿喰犬(しかくいいぬ)」を多数飼っていたという。舶来の大型の猟犬か? そして島津家では繁殖をしていたのか? その鹿喰犬を豊臣秀次を欲しがったのである。島津義弘は朝鮮出征中で不在で、留守衆にわざわざせっついてくる。早く手に入れたかったらしい。

 

◆島津義弘が福島正則へ呂宋犬(るそんいぬ)を贈る。赤ブチと黒ブチの子犬を一匹ずつ。まえまえから福島正則は呂宋犬を欲しがっていたらしい。

 

◆前関白の近衛前久(このえさきひさ)は島津家から猟犬を贈られている。これも南蛮犬か。


◆福岡藩の黒田忠之(くろだただゆき)は愛犬家。肖像画には白い犬がいっしょに書かれている。

 

◆江戸時代後期に来日した外国人に狆が人気。狆がヨーロッパへ持ち込まれる。

 

◆弘化2年(1845年)、島津斉彬(なりあきら)が水戸の徳川斉昭(とくがわなりあき)に狆を贈る。

 

◆慶応4年(1868年)に渡欧した徳川昭武(あきたけ)が大型犬を贈られる。いっしょに撮った写真あり。マスチフか?

 

◆西郷隆盛は多くの犬を飼っていた。「ツン」「雪」「寅」「攘夷家」といった名の犬がいた。犬たちをつれて鹿児島県内各地に出かけて兎刈りを楽しんでいる。

 

区営鰻温泉の前に犬

鰻温泉(鹿児島県指宿市山川)のツンの像

 

◆西郷隆盛は西南戦争でも犬をつれていった。可愛岳(えのだけ、宮崎県延岡市)から撤退する際に、3匹の犬が放された。「チゴ」という名の黒ブチの犬、「カヤ」という名の茅毛、名前不明の黒ブチ。チゴは生家に戻り、カヤは政府軍に保護された。もう一匹は行方知れず。

 

◆上野の西郷隆盛像の「ツン」は実物より大きいそうだ。薩摩犬は小型犬である。西郷隆盛像とのバランスをとるために大きくしたという。また、ツンをどう作るかでも、ひと悶着あったらしい。

 

面白い情報が詰まった一冊である。

 

 

桐野作人氏の著書はほかにも。

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