曽木の滝(そぎのたき)は川内川(せんだいがわ)の中流にある。滝の幅は約210m、高さは約12m。日本でもっとも幅が広い滝である。場所は鹿児島県伊佐市。周辺は「曽木の滝公園」として整備。多くの人が訪れる景勝地だ。
見どころは滝だけではない。明治時代の水力発電所の遺構も、独特の雰囲気を放っている。
すごい水量
『三国名勝図会』によると、曽木の滝は国境にあたるという。左岸は大隅国菱刈郡曽木、右岸は薩摩国伊佐郡羽月である。川内川の急流が岩盤を削り、迫力のある景観がそこにはある。『三国名勝図会』の絵図も迫力あり!


大雨の翌日に訪問。水量がとんでもないことになっていた。音もすごい。怖いくらいである。なにげに撮影がむずかしい。絵がおさまりきらない。


Xにて動画も。こちらのほうが雰囲気が伝わるかも。
すごいことになっていた、曽木の滝が。前日の大雨で。#曽木の滝 #滝 #伊佐市 #鹿児島 pic.twitter.com/FNyduxhtQS
— ふひとべのべ (@benobe5858) 2025年5月22日
展望所の近くには清水神社が鎮座する。御祭神は瀧津姫命(タキツヒメノミコト)。縁結び・安産・文筆の御利益があるとか。


『三国名勝図会』には、性空(しょうくう)が曽木の滝を訪れて詠んだ歌も。ちなみに、性空は10世紀頃の天台宗の僧で、霧島六社権現などを整備したとされる。
薩摩がた曾木の瀧のしら糸を
よるよる聞けば只法の聲
なお、滝の下流はダム湖になっている。大鶴湖という。こちらは鶴田ダムの整備によってできたものだ。
権太郎石
展望所の近くには「権太郎石」なるものも。鶴田ダムの工事の際に出てきもの。ちなみにこちらはレプリカで、本物は鶴田ダムの近くにある。

碑文は次のとおり。天保14年(1843年)の治水工事を伝える。
山ほとりの浪のつといて 沖せ急流にして 大石あまたありしを 小野村の石工権太郎よく水をせきて 其石わりのそき あるいはまきとりて 通船するようなしたるけるにて其よし しるしお久なり 天保十三年十一月五日 (権太郎石碑文)
押川強兵衛の伝説
展望所から対岸のほうを見ると、四つの石が並んでいる。「強兵衛の力石」と呼ばれている。これは押川強兵衛(おしかわごうべえ、押川公近、きみちか)が並べたものと伝わっている。

押川強兵衛(押川公近)は元亀2年(1571年)の生まれ。島津義弘(しまづよしひろ)・島津忠恒(ただつね)に仕えた。父の押川対馬守は、島津義弘に命じられて大口地頭の新納忠元(にいろただもと)の配下につけられていた。
押川強兵衛は人並外れた剛力の持ち主で、水練にも秀でていた。子供の頃に曽木の滝で鍛錬をしていたとも。
滝の下には「強兵衛石(カッパ石)」と呼ばれる石もある。押川強兵衛が昼寝をしていたところ河童と間違われて鉄砲を撃ちかけられた、という伝承がある。『三国名勝図会』の絵図にも「強兵衛石」が描かれている。
押川強兵衛(押川公近)は朝鮮での戦いや関ヶ原の戦いで活躍した。城に潜入して情報収集をしたり、暗殺を実行したりといった話も伝わる。そして、剛勇で鳴らした人物でもあり、関ヶ原での撤退戦における、「小返しの五本鑓」の一人にも数えられている。
押川強兵衛の詳細はこちらの記事にて。
曽木第一発電所遺構
実業家の野口遵(のぐちしたごう)が曾木電気株式会社を明治39年(1906年)に創設し、曽木の滝の水力を利用した発電事業に着手。翌年、曽木第一発電所が操業した。
電力は大口の金山採掘の動力源となったほか、熊本県の水俣の日本カーバイド商会の工場に送電されてカーバイド(炭化カルシウムなど)の製造にも使われた。さらにカーバイドから石灰窒素肥料も生産された。明治41年(1908年)に曾木電気株式会社と日本カーバイド商会が合併して「日本窒素肥料株式会社」となる。この事業を母体として「日窒コンツェルン」へと発展していった。野口遵は「電気化学工業の父」とも呼ばれる。
明治42年(1909年)にやや下流に曽木第二発電所も操業。ただ、同年に曽木第一発電所は洪水で破壊されてしまい、そのまま閉鎖された。
「曽木の滝公園」内では、曽木第一発電所の導水路とヘッドタンクの遺構を見ることができる。滝の展望台の近くから導水路跡へ入っていける。
岩盤をくり抜いたトンネルが続く。

トンネルは清水神社の下を抜ける。

さらに進むと。石積みの遺構がある。ヘッドタンクの跡である。ヨーロッパの古城を思わせる雰囲気だ。円形の穴から導水管が外へと伸び、その先に発電機があった。


なんだか異世界に足を踏み入れるような、そんな不思議な感じのする場所である。
曽木第ニ発電所遺構
曽木第二発電所は明治42年(1909年)から稼働。昭和36年(1961年)に鶴田ダムの建設が決まり、廃止されることになった。昭和40年(1965年)に鶴田ダムが完成し、曽木第二発電所の建物は大鶴湖(ダム湖)に沈む。
なお、現在は鶴田ダムでも水力発電を行っている。川内川第一発電所・川内川第二発電が稼働中だ。
曽木第二発電所の遺構は、初夏から秋にかけての水位の低い時期は全体が見える。水位の高い時期も、建物の上の部分が露出する。


こちらは曽木の滝から1㎞ちょっと下流にある。遺構の近くには「曽木発電所遺構展望公園」が整備されている。展望所から対岸の発電所遺構を見ることができる。
<参考資料>
『三国名勝図会』
編/橋口兼古・五代秀尭・橋口兼柄・五代友古 出版/山本盛秀 1905年
『大口市郷土誌 下巻』
編/大口市郷土誌編さん委員会 発行/大口市 1978年
ほか