ムカシノコト、ホリコムヨ。

おもに鹿児島あたりの歴史を掘りこみます

そもそも「島津」って何だ?

巨大荘園を任される

現在の鹿児島県にあたる薩摩国大隅国は、島津氏が治めていた。その期間は、12世紀末から1871年廃藩置県まで。鎌倉幕府室町幕府江戸幕府武家政権の時代のすべてである。

島津氏は、惟宗忠久(これむねのただひさ)を初代とする。「島津」の名乗りは「島津荘(しまづのしょう)」という巨大荘園に由来する。島津荘は薩摩国大隅国日向国(現在の宮崎県)にまたがり、最盛期には8000町(約8000ha)と広大なものであった。

惟宗忠久は鎌倉御家人として地位を確立した。文治元年(1185年)に源頼朝より島津荘の下司職(のちに惣地頭)に任命。さらに、薩摩国大隅国日向国守護職にも補任された。

写真は宮崎県都城市祝吉にある祝吉御所跡(いわよしごしょあと)。島津荘に下った島津忠久が、この地に居館をかまえたと伝わる。「島津家発祥の地」の文字もある。

 

歴史に関する記念碑

祝吉御所跡


島津荘のなりたち

島津荘は、万寿年間(1024年~1028年)に平季基(たいらのすえもと)が日向国諸県郡島津院(現在の宮崎県都城市)の荒れ地を開墾したことにはじまる。開墾地は関白・藤原頼通(ふじわらのよりみち)に寄進され、平季基は荘官として荘園経営を行った。

平季基は大宰府の大監(だいじょう)であったとされる。桓武平氏を称してはいるけど、詳しいことはよくわかっていない。出自については諸説あり。刀伊の入寇で活躍して肥前に土着した鎮西平氏の伊佐為賢(いさためかた、平為賢)の流れ、といった説がある。

地方の有力者たちは農地を開墾すると、有力者や寺社の持ち物とした。そうすることで国司や郡司に干渉されず、税が免除されたりもするのだ。島津荘の持ち主は藤原北家(のちに嫡流のひとつである近衛家)である。国の最高権力者を出すとびきりの家柄だ。多くの開発領主は自分の土地を守るために権力にすがった。島津荘は寄進を集めまくってどんどん大きくなり、薩摩国大隅国日向国のうち半分ほどを占めるまでになる。

「寄郡(よりこおり、よせこおり)」と呼ばれるものもあった。これは、公領でありながら、荘園に寄進するという扱い。国衙と荘園の両方に属する土地である。国衙や郡司の力だけで土地を守るよりも都合がよかったのだろう。寄郡が多かったことも、島津荘が巨大化した要因のひとつである。

島津院のあった都城市には、神柱宮(かんばしらぐう)という立派な神社がある。荘園を開いた平季基が伊勢神宮より勧請したとされる。本殿横の摂社には平季基も祀られている。ちなみに、神柱宮は明治6年1873年)に現在地に遷宮。もともとの鎮座地は南へ6kⅿほどの梅北というところ。現在は黒尾神社がある。 

神柱宮の鳥居

神柱宮

黒尾神社の鳥居

黒尾神社


平安時代末期の島津荘

島津荘の持ち主は、藤氏長者藤原氏の代表)が代々継承した。そんな中で、平氏政権の時代は、島津荘も平氏が実質的に支配したようだ。

保元3年(1158年)に関白に任じられた藤原基実(ふじわらのもとざね)が藤氏長者となった。ちなみに、近衛家はこの基実を祖とする。基実は平清盛の娘である盛子(もりこ)を正室として、平氏の強力な後ろ盾を得ていた。しかし、若くして病死してしまう。その遺領は平盛子が継承し、島津荘も相続した。

基実の嫡男である基通(もとみち)がまだ幼かったこともあり、平盛子は養母という立場で基通を後見することに……。とはいうものの、盛子自身もまだ10歳くらい。子供である。藤原摂関家を取り仕切るには若すぎる。さらに、基通の正室平清盛の娘である。つまり、実質的には平氏一門が実権を握っていたのだ。

島津荘は平家の支配下にあった。土地を寄進して荘官となっていた南九州の有力者たちも、多くが平氏に従った。ところが、しばらくして平氏政権は崩壊し、鎌倉政権がとってかわる。急激な変化に、地方の有力者たちは振り回される。ある者は平氏の没落とともに土地を失い、ある者は鎌倉政権に忠誠を誓って地位を確保した。地頭に任じられた鎌倉御家人も入ってくる。かなり混沌としていた。

そんなところへ惟宗忠久が管理者として入ってくる。「島津」を名乗ったのには、「俺がここを牛耳るぞ!」という強い意志があったのかも。

 

【参考資料】
『島津国史
編/山本正誼 出版/鹿児島県地方史学会 1972年

『西藩野史』
著/得能通昭 出版/鹿児島私立教育會 1896年

『三国名勝図絵』
編/五代秀尭、橋口兼柄 出版/山本盛秀 1905年

『鹿児島縣史 第1巻』
編/鹿児島県 1939年

『鹿児島県の歴史』
著/原口虎雄 出版/山川出版社 1973年

鹿児島市史第1巻』
編/鹿児島市史編さん委員会 1969年

『島津一族 無敵を誇った南九州の雄』
著/川口素生 発行/新紀元社 2018年(電子書籍版)

ほか

 

 

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