ムカシノコト、ホリコムヨ。

おもに鹿児島あたりの歴史を掘りこみます

薩摩・大隅に古くから住まう者たち (2) 肝付氏・河邊一族(薩摩平氏)

平安時代以前に薩摩・大隅で大きな勢力を誇っていた氏族をまとめる。その2回目は大隅の覇者となった一族、薩摩南部を席捲した一族について、だ。 肝付(きもつき)氏 河邊(かわなべ)一族/薩摩平氏(さつまへいし) 阿多忠景の乱 肝付(きもつき)氏 大隅…

薩摩・大隅に古くから住まう者たち (1) 加治木氏・市来氏・税所氏・禰寝氏(建部氏)・大前氏

平安時代以前に薩摩・大隅で大きな勢力を誇っていた氏族をまとめてみた。 大蔵一族 税所(さいしょ)氏 建部(たけべ)氏/禰寝(ねじめ)氏 大前氏 大蔵一族 かなり古くから土着していたと思われる。大蔵(おおくら)一族の勢力範囲は大隅国桑原郡(現在の…

鎌倉から薩摩へ、島津氏が根付く

薩摩住まいは3代目から? 4代目から? 島津氏初代の忠久(ただひさ)、2代目の忠時(ただとき)は鎌倉にあり、領国経営は代官に任せていた。 薩摩に島津氏が本格的に入ってくるのは、3代目の島津久経(ひさつね)からだとされる(諸説あり)。きっかけは元寇…

『島津国史』に見る島津忠久の経歴

鎌倉時代から近世まで薩摩国・大隅国・日向国(一部)を統治した島津家。その初代の島津忠久(しまづただひさ)の足跡を、『島津国史』に沿って見ていく。 正史の島津忠久伝 島津忠久の生年について 島津忠久の下向について 正史の島津忠久伝 『島津国史』は…

隼人のこととか、秦氏のこととか

隼人はどこに行ったのか 大和朝廷の支配下に入った隼人の有力氏族はどうなったのか? 史料が乏しく、よくわかっていない。 なお、大隅の反乱(720年)以降に名が見える隼人の有力者としては、曾君多理志佐(そのきみたりしさ、か)がいる。天平12年(740年)…

島津氏が来る前の時代

薩摩国・大隅国の歴史を、古代から平安期にかけてざっくりと書いてみる。南九州における平安時代以前の資料は多くはない。断片的にしかわからないが、そこにはいろいろなヒントがあると思う。 隼人が住んでいた 大隅隼人の反乱 班田収授法、なかなか施行され…

島津忠久って何者なの?

公式発表は「源頼朝の隠し子」 島津氏初代の惟宗忠久(これむねのただひさ、島津忠久)の出自については諸説ある。確かなことはよくわかっていない。 『島津国史』という島津家の歴史をまとめた書物がある。これは島津氏第25代当主(薩摩藩第8代藩主)の島津…

そもそも「島津」って何だ?

巨大荘園を任される 現在の鹿児島県にあたる薩摩国・大隅国は、島津氏が治めていた。その期間は、12世紀末から1871年の廃藩置県まで。鎌倉幕府・室町幕府・江戸幕府と武家政権の時代のすべてである。 島津氏は、惟宗忠久(これむねのただひさ)を初代とする…