ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

2021-02-01から1ヶ月間の記事一覧

島津歳久の最期の地へ、平松神社(心岳寺跡)をお詣りしてきた

鹿児島市と姶良市方面とをむすぶ国道10号の海沿いの道。平松神社(ひらまつじんじゃ)はその途中にある。ここを車で通過する際に、なんだか気になるのだ。 道路から見える平松神社のノボリ旗 天正20年7月18日(1592年8月25日)、島津歳久(しまづとしひさ)…

島津歳久の生涯、悲劇の名将は薩摩武士が敬慕する武神となった

島津歳久(しまづとしひさ)は戦国時代に南九州で活躍した人物である。その生涯を追ってみよう。 なお、記事作成ではおもに、江戸時代に編纂された『本藩人物誌』や『西藩烈士干城録』、『島津国史』などを参考にした。 四兄弟の中で、あまり語られない存在 …

南九州の南北朝争乱、『島津国史』より(3) 懐良親王が薩摩へ

鎌倉幕府滅亡後の権力構造は二転三転し、南北朝の争乱はまったく収集がつかない状態が続く。 引き続き「南九州の南北朝争乱」を進める。今回も『島津国史』(19世紀初め頃に鹿児島藩(薩摩藩)が編纂した正史)に沿って南九州の動き見ていく。元号については…