タノカンサァ(田の神像)にやたらと出くわす、鹿児島県内あちこちで。よく遭遇する場所の一つが神社だ。初めから神社に奉納されたものなのかもしれないし、何かしらの訳あって神社に移されたものなのかもしれない。
鹿児島県薩摩川内市祁答院町下手の大村の神社を訪れたときに見つけたタノカンサァをちょっと紹介してみる。
タノカンサァ(田の神)の詳細については、こちらの記事にて。
八幡神社のタノカンサァ
薩摩川内市役所祁答院支所の向かって左のほに山へ登っていく道路がある。こちらを少し入っていたところに八幡神社が鎮座している。その鳥居の近くにタノカンサァがいる。

レリーフ状の田の神像だ。頭にシキ(米を蒸す道具)をかぶる。手は欠けている。お腹がちょっと出ているのは「お米がたくさん穫れるぞ」ってことを表しているのだろうか。

紀年銘が確認でき、天明8年(1788年)に奉納されたものであることがわかる。当時は、いわゆる「天明の大飢饉」のちょっとあと。全国的に不作続きであった。南九州では安永8年(1779年)に桜島が大噴火(安永大噴火)。その後しばらくは火山活動が活発で、大量の降灰がたびたびあった。稲作にも影響があったと想像される。
この頃に作られた田の神像は多い。切実な状況があっての豊作祈願だったのだろう。
南方神社のタノカンサァ
薩摩川内市役所祁答院支所の右側のほうへ、県道391号をちょっといくと鳥居が見える。南方神社である。こちらの参道口にもタノカンサァ(田の神)がいる。

こちらもレリーフ状。頭にはシキをかぶる。右手にはシャモジを持つ。左手にも何か持っているようにも見える。


刻字は確認できず、造立時期はわからない。八幡神社のタノカンサァと雰囲気は似ているが、ちょっと作風は違う。こちらのほうがやや新しいのだろうか。
薩摩川内市祁答院町では、いろいろなタイプの田の神像を見ることができる。こちらの記事もどうぞ。