ムカシノコト、ホリコムヨ。

おもに鹿児島あたりの歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

曽於末吉の佐久良谷、セオリツヒメの住まうという聖域

「佐久良谷(さくらだに)」は鹿児島県曽於市南之郷の山奥にある。「桜谷」とも書く。こちらを訪問した。

 

この地は『三国名勝図会』で知った。絵図がやたらと目をひく。なんだか強烈な印象を受けるのだ。同書の解説によると「神代の舊跡」だという。

佐久良谷の絵図

『三国名勝図会』巻之三十六より(国立国会図書館デジタルコレクション)


『三国名勝図会』は19世紀に薩摩藩が編纂した地誌。詳しくはこちらの記事にて。

rekishikomugae.net

 

 

 

佐久良谷とは?

鹿児島県と宮崎県の県境のあたりに「中岳(なかだけ)」がある。別名に「橘嶽(たちばなだけ)」とも。中岳の山頂近くには大淀川の水源もある。また、中岳ダムも整備され、大きなダム湖が広がっている。

その中岳(橘嶽)のやや南に大淀川を挟んで連山がある。こちらには「高山(たかやま)」「短山(ひきやま)」と呼ばれる峰も。その麓に佐久良谷はある。

 

『三国名勝図会』の解説文より抜粋する。なお、読みやすくするために一部の読点を句点に変更して記す。

連山の間に一高岡あり、土人是を高天原(たかまがはら)といふ。高天原の北に並びて山あり、是を高山(たかやま)といひ、高天原の乾方半腹に一山あり、是を短山(ひきやま)といふ。高山は高く、短山は低し。短山の西五町許に一高山あり、其山腰を佐久良か崖といふ。佐久良か崖の谷間に渓流あり、是を佐久良谷川といふ。佐久良谷の内に洞窟あり、是を天磐戸(あまのいわと)といへり。 (『三国名勝図会』巻之三十六より)

連山は「高天原」とも呼ばれている。また、佐久良谷には洞窟があり、ここが天磐戸(天岩戸)なのだという。

 

檍原の絵図

『三国名勝図会』巻之三十六より(国立国会図書館デジタルコレクション)

 

さらにこんな説明も。

中臣祓(なかとみのはらえ)に所謂神留(かむづま)り座(ましま)すといひ、高山の末、短山の末、佐久良谷に落瀧といひ、神代巻に、天磐戸を押開とあるは、即ち此所なりといひ傳ふ。 (『三国名勝図会』巻之三十六より)


中臣祓というのは、「大祓詞(おおはらえのことば)」のこと。大祓詞は祝詞(のりと)のひとつで、全国の神社で奏上されている。延長5年(927年)に成立した『延喜式』には「六月晦大祓(みなつきのつごもりのおおはらえ)」として掲載されている。その一節にこうある。なお、原文の万葉仮名は平仮名に変えて記す。

遺る罪は在らじと、祓ひ給ひ清め給ふ事を、高山の末、短山の末より佐久那太理(さくなだり)に落ちたぎつ、速川の瀬に坐(ましま)す瀬織津比咩(セオリツヒメ)といふ神、大海の原に持ち出でなむ。 (『延喜式』より)


「祓い清めたすべての罪を、高山と短山から佐久那太理に流し落とし、急流にいらっしゃるセオリツヒメという神が大海原へと送り出す」といった感じの意味である。

「佐久那太理(さくなだり)に」の部分は「勢いよく水が落ちる様子」を表しているとするのが一般的であるようだ。『三国名勝図会』では「佐久那太理」を地名と解釈。「佐久良谷」がこれにあたるとしている。

 

佐久良谷は洞穴を御神体とする。大祓詞(六月晦大祓)のとおりであるなら、ここにはセオリツヒメ(瀬織津比咩、瀬織津姫)がいらっしゃるということになる。

 


森の奥深くへ

「行ってみたい!」と思って調べてみる。……行きかたがよくわからない。Googleマップでも道がみあたらないのである。当初は訪問を諦めていた。

その後、「南之郷もりあげ隊」の存在を知る。檍神社(あおきじんじゃ)を拠点に地域おこし活動を行っているボランティア団体だ。こちらとコンタクトをとってみたところ、隊長さんから「いっしょに行きましょう!」という返事をいただく。この言葉に甘えることにした。

 

隊長さんの車にのっけてもらい、佐久良谷へと向かうことに。途中で林道に入る。林業関係者のための未舗装の道である。山奥のほうへずんずん入っていく。

森の中に鳥居

林道を行くと、いきなり鳥居が現れる

 

森の中に朱色の鳥居が見える。佐久良谷の入口である。ここは神々が暮らす神域。清浄な心持ちで臨まないと障りがあるそうだ。神様に気を使いつつ、中に入れてもらう。

参道口の鳥居

参道口、奥にも鳥居が見える

 

目指す洞穴は林道からも見えるほどの距離。ただ、足元は危険な感じ。注意して下っていくべし。

谷をおりていく

すぐに洞穴が見える


洞穴があり、その前に朱の鳥居。なんとも雰囲気のある場所だ! 洞穴は「天岩戸」と呼ばれる。アマテラスオオミカミ(天照大神)が引きこもったところ!?

森の中の洞穴と鳥居

御神体(洞穴)をお詣り

 

洞穴の前には川もあるが、訪問した日には涸れていた。春から初夏の頃には、水があるそうだ。ここにセオリツヒメが住まう?

川に大きな岩がころがる

渓流、秋は水がない

森の中の神域

やや下流より拝む


川には、古い石橋がかかる。いつ頃つくられたものかはわからない。もともとの参道は林道とは反対側のほうへ伸びている。

古い石橋がかかる

旧参道の石橋

 

 

 

 

佐久良谷は素敵だった! 

ただ、気軽に行ける場所ではない。初見では、まずたどり着けないと思われる。また、雨が降ったあとは道がぬかるむそうで、軽トラックや軽四駆車両でないと悪路走破は難しいとのことだった。

訪問の際には、あらかじめ「南之郷もりあげ隊」に問い合わせたほうがいいだろう。連絡はFacebookの公式アカウントにあるメールアドレスから。 

 

Facebookの「南之郷もりあげ隊」公式アカウントはこちらのリンクから

https://www.facebook.com/37305moriagetai/

 

 


佐久良谷のほかにも、南之郷の一帯には神話と関わりのある場所が多い。

このあたりは「檍原(あおきがはら)」とも呼ばれている。イザナギノミコト(伊邪那岐命、伊弉諾尊)が黄泉国(よもつくに)から戻って禊をされた場所は、『古事記』によると「竺紫日向之橘小門之阿波岐原(つくしのひむかのたちばなのおどのあはきがはら)」。『日本書紀』では「筑紫日向小戸橘之檍原」と記される。「阿波岐原」「檍原」はこの地であるというのだ。

 

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<参考資料>
『三国名勝図会』
編/五代秀尭、橋口兼柄 出版/山本盛秀 1905年

国史大系第十三巻『延喜式』
編・発行/経済雑誌社 1900年

『現代語訳 祝詞(祓詞・大祓詞 編)』
編/水谷悠歩 2021年

『よくわかる祝詞読本』
著/瓜生中 発行/KADOKAWA 2017年

『古事記』(岩波文庫)
校注/倉野憲司 発行/岩波書店 1963年

ほか