鮮やかな緑色の中に、ピンクの花も色を挿す。水堀にはハスが群生する。夏の鹿児島城(鶴丸城、つるまるじょう)は素敵だ!
鹿児島城は慶長11年(1606)年頃に完成。鹿児島藩(薩摩藩)の政治の拠点であった。現在の住所だと鹿児島市城山町。背後にある「城山」と一体になった構造である。城跡から国道10号をはさんで海側の住所は「山下町」。そのまんまな地名となっている。山下町には鹿児島市役所や鹿児島地方裁判所、鹿児島合同庁舎などがある。城下は今も鹿児島県の政治の中心地だ。
鹿児島城の詳細はこちらの記事にて。
水堀の長さは国道10号沿いに約180m。そこが緑に覆われている。この存在が、街にちょっと涼感を与えてくれるのだ。
鹿児島城は守りを重視した城郭ではない。もともと城山は「上山城(うえやまじょう)」という山城で、その麓に整備したものである。築城時は海がもっと近く、便利ではあるが戦いには向かない、島津義弘(しまづよしひろ)は、ここを拠点にすることに反対したという。
戦いの際には山の上にたてこもる想定となっていた。これが実行されたのが西南戦争である。明治10年(1877年)9月、西郷隆盛が率いる薩摩軍が城山に籠城する。そして9月24日に総攻撃を受けて戦いは終わった。
石垣には西南戦争の際に付けられた銃痕が刻み込まれている。鮮やかハスの色の向こう側に、戦いの爪痕も見える。
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