ムカシノコト、ホリコムヨ。

おもに鹿児島あたりの歴史を掘りこみます

牛根の太崎観音にいってみた、桜島をのぞむ海辺の石祠

鹿児島県垂水市は海岸線の景色が美しい。桜島は鹿児島市から見た姿がよく知られているが、大隅半島側からの姿も素晴らしいのである。

『三国名勝図会』という本がある。江戸時代末期に編纂された島津氏領内の地誌である。この中には桜島の見える風景の絵図が数多く掲載されている。その中のひとつに牛根(うしね)の「太崎観音(たさきかんのん)」というのがあって、なんだか気になっていた。近くを通る機会があったので、立ち寄ってみた。

 

岩場の祠の絵図

太崎観音、『三国名勝図会』巻之四十四より(国立国会図書館デジタルコレクション)

 

『三国名勝図会』の詳細はこちら

rekishikomugae.net

 

 


国道沿いの景勝地

場所は垂水市牛根麓。国道220号沿いに車を停車できる広めのスペースがある。そこに太崎観音の入口がある。こういった史跡は辺鄙でわかりにくい場合も多いのだが、太崎観音は幹線道路横。とてもわかりやすい。運転の休憩がてら、ちょっと車を停めるにはイイ感じだ。

「太崎観音」の標柱から岩場に下りる

道路脇に入口

 

海のほうへ下りていくと、目的地はすぐに見える。岩壁に石組みの祭壇があり、そのうえに石祠が置かれている。この中には一尺五分(45㎝くらい)の聖観音の石像が安置されているそうだ。

岩場にある石造物

参道から祭壇が見える

祭壇と石祠

祭壇の石組みはしっかりした感じ

海辺の石祠

石祠、大事にされている感じ

草木が多いかぶさる石造物

祭壇の石組みを下から見る

 

絵図では海上に突き出た岩山に細い通路で連絡するような形になっているが、現在の地形は違う。海中の細い道を渡っていくことはなく、国道から祭壇までは陸続きになっていた。

 

海のほうにもちょっと下りていける。眼前には姶良カルデラ(鹿児島湾北部)の海が広がり、桜島もよく見える。

鹿児島湾と桜島をのぞむ

絶景が広がる

 

太崎観音の由緒

『三国名勝図会』にはこう書かれている。

嵓下の海渚に、一石碑あり、明和元年甲申八月、華蔵院住持盁仙建なり所、碑文の大意に云、太崎観音は、延暦二年發酉二月、建立す (『三国名勝図会』巻之四十四より)

明和元年(1764年)に建てた石碑に「延暦2年(783年)に建立された」と書かれていたとのこと。この石碑が現存しているかどうかは、現地で探していないのでわからず。

この岩場には愛松山小河寺という真言宗の小さな寺院があったという。元和6年(1620年に)岩場が崩壊し、寺は廃される。そして、尊像(聖観音)のみが残ったのだという。明和元年(1764年)に華蔵院(牛根にあった寺院)の盈仙(えいせん、か)和尚が地域の住人たちに観音の石祠を作るよう勧め、人々はそれに従う。そうして現在の姿になったのだそうだ。

寺院が建つ前から、ここは何かしらの聖地だったのではないかという気もする。そんな雰囲気を感じさせる場所だった。

 

 

牛根や桜島に関する記事はこちらでも。

rekishikomugae.net

rekishikomugae.net

rekishikomugae.net

 

 


<参考資料>
『三国名勝図会』
編/五代秀尭、橋口兼柄 出版/山本盛秀 1905年

ほか