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『風雲児たち』(作/みなもと太郎)、読みだしたら歴史の面白さに引きずり込まれる

江戸時代が面白い! 中世的な武士の世から近代国家に変わっていく過渡期である。その時代を生きた人が何を考え、どう行動したのか? そこのところを丁寧すぎるほど丁寧に描いているのが漫画『風雲児たち』(作/みなもと太郎)である。これ、すごい作品である!

 

 

 

単行本はリイド社から発刊。『風雲児たち』ワイド版が全20巻(希望コミックス版は全30巻)、続編にあたる『風雲児たち 幕末編』が34巻まで出ている。連載は1979年から始まり、掲載誌を変えながら2020年に休載されるまで続いていた。みなもと太郎氏は闘病を続けていたが、2021年8月に逝去。作品は未完となった。

この作品から、私は影響を受けまくっている。歴史の見方も変えさせられたように思う。初めて知った人物やエピソードもたくさんあった。江戸時代から幕末までの知識ほとんどをこの作品から得た、と言ってもいいくらいである。

 

『風雲児たち』について、ちょっと振り返ってみたいと思う。

 

 

幕末を理解するには、関ヶ原から

19世紀後半の幕末・明治維新を描く、ということで連載がスタートしたそうだ。だが、この漫画は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いからはじまる。明治維新の根っこには関ヶ原の恨みがある、と。負け組となった薩摩藩・長州藩・土佐藩が約270年後に幕府を終わらせるわけだ。

当初は、関ヶ原の戦いのあとに幕末に飛ぶつもりだったんじゃないかと思う。読み返してみると、そんな感じを受けるのだ。だが、そうはならない。保科正之(ほしなまさゆき)のエピソードに続く。

保科正之は2代将軍の徳川秀忠の隠し子であった。のちに、兄の徳川家光(3代将軍)に重用され、幕府の中枢で活躍した。この保科正之が会津藩・松平家の祖となる。そして、会津松平家は徳川家への忠義を尽くし、戊辰戦争で徹底的に戦うことになる、と。

そのあと、ちょっと時代は飛ぶ。オランダの医学書『ターヘルアナトミア』の翻訳事業だ。翻訳書は『解体新書』と題され、安永3年(1774年)に世に出る。その過程と関わった人々についてものすごく詳しく描かれるのだ。これと並行して、同時代の出来事にもどんどん触れていく。

なお、ワイド版では宝暦治水事件がその前に挿入されている。もともと連載とは別の外伝作品である。これは、幕府の命令で薩摩藩が美濃国で河川工事をさせられるというもの。薩摩藩は難工事を完遂させるも、多くの人的被害を出し、莫大な借金を抱えることになった。

『解体新書』のエピソードが、だいたい明治維新の100年くらい前のことである。ここから漫画の中の時間が遅々として進んでいかない。登場人物も多く、話題もあっちへ行ったりこっちへ行ったり。そして、ひとつひとつをしっかり説明してくれるのである。

幕末にたどり着くのいつになることやら、という感じ。このことは編集部から文句を言われていたようだ(作中でみなもと太郎氏がたびたびぼやいている)。

明治維新の主役たち(例えば坂本龍馬・西郷隆盛・桂小五郎・高杉晋作・勝海舟など)はずっと出てこない。無印の『風雲児たち』は、彼らがちょっと顔を出したあたりでいったん終わる。

続きは『風雲児たち 幕末編』にて再開。と、この時点で弘化2年(1845年)。ひとまずは嘉永6年(1853年)の黒船来航へと向かっていく。ちなみに『幕末編』の連載スタートは2001年のことである。2020年の休載直線の話(最後の掲載話)でようやく文久2年(1862年)。薩英戦争のちょっと前ぐらいだった。

続くほどに、ペースはいっそう遅くなった。そのかわりに、内容はめちゃめちゃ濃いのである。

 

 

当時の人が何を考え、どう行動したのか

全編がギャグテイストで綴られる。ギャグを交え、ツッコミも入り、ギャグみたいな実話もしっかりと取り上げる。気負わずに読めて、すっと情報が入ってくる感じがする。

登場人物もデフォルメされた絵柄である。歴史という題材を扱いながら、そこには堅っ苦しさはない。さらに、作者はいろいろな絵柄をあやつる。劇画タッチであったり、少女漫画風であったり、あるいは萌え系であったり。なかなかのカオスっぷりである。

 

この漫画のいちばんの特徴は、ひとりひとりの人物像をしっかり掘り込んでいるところだと思う。「なぜ、そういう考えに到ったのか」「どうして、そんな行動をとったのか」ということについて、置かれた立場であったり、育った境遇であったり、生まれ持った性格であったり、影響を受けた人や思想だったり、好みだったり、その時代の常識だったり……といろいろな角度から導き出しているのである。だから、言葉や行動のひとつひとつが、読み手にとっても理解しやすいのだ。

そうであるから、登場人物たちに命が吹き込まれている感じがする。そして、作中で生き生きと動きまわる!

物事のつながりについても、「なぜそうなったのか」をいちいち解説してくれる。点ではなく、線でつながり、面として捉えられる。教科書で読んでもピンとこなかったような歴史的事象も、『風雲児たち』では明快に理解できるのだ。

 

 

異国の脅威

異国から日本をどう守るのか? 明治維新につながる大きな要素のひとつが、異国の脅威である。そこのところをとても詳しく、とても分りやすく描く。

異国との関りのひとつが蘭学である。初めは「西洋の医学がすごいらしいぞ」(『解体新書』づくり)とか「面白いものがいろいろあるぞ」(平賀源内や蘭癖大名)とか、そんな感じから始まる。しかし、時代が下ると国防論とからんで軍事や政治といった分野でも、蘭学が存在感を出してくるのである。

そして、もうひとつが異国からの干渉だ。幕府は鎖国政策をとり、一部の国(オランダ、清、韓国、琉球)をのぞいて国交を断っていた。だが、18世紀半ばに北のほうが騒がしくなる。シベリアを征服したロシア帝国がさらに南へと勢力を伸ばしてくるのである。

この漫画は、日露関係史にすごく詳しい。取り上げた事件や事象を挙げてみるとこんな感じだ。

◆漂流民とロシアの日本語学校
◆工藤平助の『赤蝦夷風説考』
◆ベニョブスキー事件
◆幕府による蝦夷地調査、ロシア人との接触
◆大黒屋光太夫の漂流記&ロシアからの帰国
◆レザーノフ事件
◆ゴローニン事件
◆プチャーチン来航
◆日露の国境を定める

そして、ロシア以外の国も日本に干渉してくる。ヨーロッパの産業革命ののちに蒸気船が登場し、船も大型化する。

◆フェートン号事件(イギリス)
◆宝島事件(イギリス)
◆幕府の異国船打払令
◆モリソン号事件(アメリカ)
◆アヘン戦争の情報が伝わる
◆ペリー来航(アメリカ)
◆各国と条約締結

このあたりの流れが『風雲児たち』ではよくわかる。そして、これ以降の歴史の動きも理解しやすくなるのである。

 

「異国の脅威」というのは現在においても変わらない。海外の動きを見ていると、「日本は大丈夫?」と心配になるのである。

 

 

三谷幸喜氏の脚本でドラマ化もされた。2018年正月にNHKで『風雲児たち 蘭学革命篇』が放映された。『解体新書』翻訳の苦闘が描かれる。

 

また、2019年に新作歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』が公演。前のほうは「つきあかりめざすふるさと」と読む。大黒屋光太夫の物語だ。こちらも三谷幸喜氏の脚本による。舞台映像を編集した映画『シネマ歌舞伎 三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち』も2020年に公開されている。