ムカシノコト、ホリコムヨ。

おもに鹿児島あたりの歴史を掘りこみます

川尻浦と花礁、開聞岳の近辺を『三国名勝図会』より

海上に突き出すようにそびえる! 開聞岳(かいもんだけ)はよく目立つ。薩摩半島南部では、あちこちからこの山をのぞむ。その存在感は強烈なのだ。南九州では海上交易を行っていた、古代の隼人も中世の豪族も、そして島津(しまづ)氏も。開聞岳は航海の目印としても重要なものであった。

薩摩藩が19世紀に編纂した『三国名勝図会』には、開聞岳が描かれた絵図が多い。その中から二景を紹介する。

 

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開聞岳の真下の黒いビーチ

薩摩国頴娃郡(えいぐん)の川尻(かわじり、現在の鹿児島県指宿市開聞川尻)は開聞岳の東側直下に位置する。『三国名勝図会』では「川尻浦」の絵図が掲載され、景勝地として紹介されている。

浜辺と開聞岳の絵図

川尻浦、『三国名勝図会』より(国立国会図書館デジタルコレクションより)

 

こちらが現在の川尻海岸(川尻浦)。開聞岳をすごく近くに感じられる。そして、黒い砂浜も特徴的だ。黒い砂に混じって、カンラン石(オリビン)も含まれている。これは火山噴出物に由来するものである。開聞岳はかつて噴火を繰り返していて、貞観16年(874年)と仁和元年(885年)に大噴火の記録が残る(『日本三代実録』)。

開聞岳と海、黒い砂の浜辺から見る

川尻海岸

 

開聞岳の真下のあたりに川が注ぎ込み、そのあたりが港となっている。昔から漁業が盛んであり、絵図にも船が描かれる。

ここから見る開聞岳は大迫力だ! 黒い浜とキラキラ光る海とあわさって、素敵な風景を作り上げている。

川尻海岸へ行くには、指宿市営の温泉施設「レジャーセンターかいもん」を目指す。車もここの駐車場に停めるといい。温泉施設は平日の午前中なのに人がぞろぞろと入っていく。地元の方に人気のようだ。温泉施設入口近くから浜のほうへ下りていける。散策したあとは、温泉にも立ち寄るべし。

川尻海岸は、人気観光地になっているJR西大山駅(JRの最南端の駅)からは3㎞ちょっと。

駅のホームと開聞岳

JR西大山駅、ここからも開聞岳がよく見える

 

 

花礁(花瀬崎の縄状玄武岩)

開聞岳の裾野は、半分以上が海に落ち込む地形だ。海岸部には縄のような形状の玄武岩が見られる。「花礁(はなぜ)」と呼ばれ、『三国名勝図会』には「菊花に似たり」「珊瑚樹を列(つらね)るが如し」と紹介されている。

奇岩連なる海辺の風景の絵図

花礁、『三国名勝図会』より(国立国会図書館デジタルコレクションより)


花礁は開聞岳周囲のあちこちに見られるが、とくに西麓の脇浦(わきうら、指宿市開聞十)のあたりが景勝地として知られていたという。脇浦の集落から南西に1㎞ほど行ったところに「花瀬崎」という場所があり、ここに花礁が広がっている。

溶岩原と海

花瀬崎の縄状玄武岩

花礁(縄状玄武岩)は開聞岳から噴出した溶岩が海に流れ出して冷え固まったもの。溶岩流が障害物にあたって捻じれるような形状になったのだという。

花瀬崎には「花瀬望比公園」が整備されている。花瀬崎にもこの公園から下りていって散策する感じだ。花瀬崎のはるか南にはフィリピンがある。第二次世界大戦の激戦地の戦没者の慰霊のために、「花瀬望比公園」は昭和43年(1968年)につくられたものである。公園内には戦没者を偲ぶモニュメントが並ぶ。

青空の下の海辺の公園

花瀬望比公園

戦没者を偲ぶ記念像など

慰霊碑や記念像など

 

ちなみに、漫画家の水木しげる氏は南方戦線からの生還者である。ニューブリテン島(パプア・ニューギニア)での戦争体験を、作品として残している。

 

 

 

 


<参考資料>
『三国名勝図会』 巻之二十三
編/五代秀尭、橋口兼柄 出版/山本盛秀 1905年

国立国会図書館デジタルコレクション