ムカシノコト、ホリコムヨ。鹿児島の歴史とか。

おもに南九州の歴史を掘りこみます。薩摩と大隅と、たまに日向も。

端陵は亀の頭に、中陵は亀の首に、新田神社(可愛山陵)のある神亀山に

端陵(はしのみささぎ)と中陵(なかのみささぎ)は、鹿児島県薩摩川内市宮内町の神亀山にある。すごく気になる存在である。 神亀山の山頂は、可愛山陵(えのみささぎ)に治定されている。可愛山陵はニニギノミコト(瓊瓊杵尊/邇邇芸尊)の御陵とされ、神亀…

可愛山陵は神亀山に、ニニギノミコトが眠るという

可愛山陵(えのみささぎ)は鹿児島県薩摩川内市宮内町にある。ニニギノミコトの陵墓とされ、川内川沿いの神亀山が治定地となっている。神亀山には新田神社が鎮座する。山頂に社殿があり、本殿の裏手に可愛山陵は位置している。 神亀山 新田神社の本殿の背後…

薩摩の新田神社、ニニギノミコトの伝説の地

新田神社(にったじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市宮内町に鎮座する。 御祭神は本祀に天津日高彦火瓊瓊杵尊(アマツヒダカヒコホノニニギノミコト)、配祀に天照皇大御神(アマテラススメオオミカミ)と正哉吾勝々速日天忍穂耳尊(マサカアカツカチハヤヒノア…

敷根の剱神社、もとは宇豆峯の剱巌を祀る、熊襲征伐の伝説も

剱神社(つるぎじんじゃ)は、鹿児島県霧島市国分敷根に鎮座する。熊襲征伐の伝承もあったりして、なんとなく気になる場所である。 剱神社 剱神社の御由緒 島津義久が再興 松が茂る境内 剱神社の御由緒 御祭神は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と 天児屋根…

樋脇の玉淵寺跡・長谷神社跡、島津家久(島津忠恒)を祀る

長谷神社(はせじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市樋脇町塔之原に鎮座。薩摩藩初代藩主の島津家久(いえひさ、島津忠恒、ただつね)を祀る。もともとは玉淵寺(ぎょくえんじ)という寺院があり、その跡地に神社が創建された。 なお、長谷神社は2022年に近くの一…

本庵の田の神/鹿児島県薩摩川内市樋脇町塔之原

樋脇(ひわき)の玉淵寺(ぎょくえんじ)跡にタノカンサァがいた。「本庵(もとあん)の田の神」と呼ばれている。 雨ざらしではなく、大事にされている 鹿児島県のあちこちで田の神像に出くわす。田の神像は島津氏の領内で18世紀頃から盛んに作られるように…

薩摩藩初代藩主/島津家久(島津忠恒)の32人の子

薩摩藩(鹿児島藩)の初代藩主は島津家久(しまづいえひさ)という。もとの名は島津忠恒(ただつね)で、慶長11年(1606年)に改名。徳川家康より「家」の字を偏諱として拝領してのこと。 この島津家久(島津忠恒)は子沢山であった。十六男十六女をもうけた…

竹原田の田の神/鹿児島県薩摩川内市入来町浦之名

鹿児島県道42号沿いに「竹原田(たこいだ)の田の神」の看板を見つける。そこからちょっと登っていける。見上げると、田んぼの端の畔の上にタノカンサァ(田の神像)が立っていた。場所は鹿児島県薩摩川内市の入来のうち。大宮神社(おおみやじんじゃ)から2…

志布志原田の森神社、物部守屋は南九州まで逃げてきた!?

森神社(もりじんじゃ)は鹿児島県志布志市有明町原田に鎮座する。小さな神社なのだが、なんだか気になる存在だ。御祭神は用明天皇。そして物部守屋(もののべのもりや)が創建したとも。なぜ、こんなところに? と不思議な感じがするのである。 森神社へ 物…

島津家久の上京日記【9】 六波羅蜜寺とか清水寺とか/天正3年4月22日~4月30日

島津家久(しまづいえひさ)は天正3年(1575年)4月に上洛し、京に滞在すること1ヶ月以上。その間に名所をかたっぱしから見てまわったようだ。そのことが『中務大輔家久公御上京日記』にも詳しく記されている。 前回の記事はこちら。 rekishikomugae.net 『…