「正宮山植杉記」碑というのが、鹿児島神宮の境内の杉林にある。 鹿児島神宮は鹿児島県霧島市隼人町内に鎮座。旧称は「鹿児島神社」。八幡信仰も重ねられて「大隅正八幡宮」とも称した。 鹿児島神宮の社殿の裏には、末社の稲荷神社へと続く参道がある。こち…
島津義弘(しまづよしひろ)は「島津氏の17代当主」とされる。江戸時代に作成された『島津氏正統系図』ではそうなっている。 しかし、島津義弘は家督を相続した事実はないらしい。このことを理由に、「17代当主ではない!」という意見もあったりする。 なん…
戦国時代に活躍した島津氏の四兄弟。長男は島津義久(しまづよしひさ)、次男は島津義弘(よしひろ)、三男は島津歳久(としひさ)、四男は島津家久である。それぞれに、次のような評伝が広く知られている。 島津義久は「三州の総大将たるの材徳自ら備わる」…
島津(しまづ)氏は12世紀末に惟宗忠久(これむねのただひさ)が南九州に所領を得て、その歴史がはじまる。日向国・大隅国・薩摩国にまたがる島津荘(しまづのしょう)を領したことから「島津(しまづ)」を名乗りとした。また、三ヶ国の守護職にも任じられ…
大隅国の一之宮の鹿児島神宮(かごしまじんぐう)にタノカンサァ(田の神)がいる。御神田を見守るように立っている。「宮内の田の神」とも呼ばれている。 タノカンサァ(田の神)は五穀豊穣や子孫繁栄の神様である。鹿児島県と宮崎県ではあちこちで見ること…
花尾神社(はなおじんじゃ)の記事の続きである。旧称は花尾権現社。鹿児島市花尾町に鎮座し、源頼朝・丹後局(たんごのつぼね)・永金(ようきん)を祭る。丹後局は島津忠久(しまづただひさ、島津氏初代)の母とされる人物だ。また、島津忠久は源頼朝の庶…
花尾神社(はなおじんじゃ)は、鹿児島市花尾町に鎮座する。旧称は「花尾権現社」「花尾大権現社」。この地は、薩摩国満家院(みつえいん)の厚地(厚智、あつち)というところであった。 御祭神は源頼朝と丹後局(たんごのつぼね)。従祀神に永金(ようきん…
龍門滝(りゅうもんのたき/りゅうもんだき)というのが、鹿児島県姶良市加治木にある。大きな滝で、けっこう遠くからも見える。高速道路(九州自動車道)を走っていると、加治木インターチェンジ近くで見ることができる。 昔から名瀑として知られていたよう…
「若き薩摩の群像」はJR鹿児島中央駅前の広場にある。 「若き薩摩の群像」 19人の像が並べられている。彼らは何なのかというと、慶応元年(1865年)に薩摩藩がイギリスに派遣した一団だ。「薩摩藩遣英使節団」と呼ばれている。外交使節3名と通訳1名、留学生1…
鹿児島縣護國神社は鹿児島市草牟田に鎮座する。護国神社は全国にあり、英霊(国家のために殉難した人の霊)を祀る。鹿児島縣護國神社は鹿児島県出身の英霊が7万7000余柱を御祭神とし、郷土の守り神として崇敬されている。 明治天皇の思し召しがあり、島津忠…